2012-01-03

迎春

寝坊の正月三日目。

夕べ、ちょっと食べ過ぎたせいか、寝付かれずに夜更かししてしまった。
朝食兼昼食となる。
息子の妻が置いていった料理で、冷蔵庫はまだ一杯。
それらをつまみ、お雑煮で食事。
私は、年末にローストビーフを作るつもりで、肉を買ってあったが、嫁さんが、和風の牛肉の野菜巻きを作ってきたので、昨日は、塩こしょうだけして、焼くのは止めた。
そのままだと傷むので、今日は、午後からテレビの「新春歌舞伎」を横目で見ながら、オーブンで焼いた。
料理に使うため、ワインの残りがないかと、居間の酒蔵を探したら、あいにく見つからない。
しかし、口を切ってないシャンパンがあり、夫が「それはもう古いから、ガスを抜いて、料理に使えばいいよ」と言ったので、そのようにした。
ついでに、中を掃除しようと、酒類を全部取り出してみたら、飲みかけたまま忘れたらしいレミ・マルタンとか、ブラジルのお酒とか、中身の良くわからないイタリアの果実酒とか、私が作った梅酒やカリン酒が出てきた。
ラム酒だけは、夫が私の留守にステーキを焼くときによく使うと見えて、入り口に置いてあった。

夫は、いつも飲む日本酒、ワイン、ウイスキーなどは、よく管理しているのに、他の物は、忘れがち。
梅酒は、最近作らなくなったが、毎年我が家の庭の梅を使って、作っていた。
今残っているのは、10年以上は経っている。
町では味わえないコクがあるはずである。
死蔵していては勿体ないので、毎晩、私一人でちびりちびりやることにする。

テレビでみた歌舞伎は、今、国立劇場で上演中の生中継。
「三人吉三巴白波」。
幸四郎、染五郎、金太郎の、高麗屋親子三代と、中村福助が絡んだ演目。
字幕など無くても、歌舞伎の科白は良くわかるし、型の決まった芝居もいい。
歌舞伎や文楽、20年前にはよく見た。
今は、西洋音楽一辺倒になっているが、今年は、日本の伝統芸にも、また触れてみようかなと思っている。

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2012-01-02

正月二日

元旦の朝は、遅い起床になった。
年末に掛かってきた息子の電話では、「一日か二日に日帰りで行く」という事だったが、はっきりしたのは一日の昼近く。
「明日昼過ぎに行くから」といい、「大した物は出来ませんけど、料理は持って行きますから、何もしなくていいです」という嫁の言葉だった。
嫁は私が、家事はダメだと思っている。、

そこで「じゃ、お雑煮だけは用意しておくから」といい、夫と二人、少しばかりお酒を飲み、締め鯖や蛸を食べ、あとは普段と余り変わらないおかずとお雑煮で、祝い膳を片付け、どさっと来た年賀状の整理や、テレビの音楽番組など見て、一日過ぎた。

そして今日になり、午後一時過ぎ、息子夫婦がやってきた。
「スーパーで買った材料で、作っただけなので」といいながら、嫁の手作りの料理で、食卓がいっぱいになった。
私が用意したのは、大晦日に近くのスーパーで買ってきたかまぼこ、伊達巻き、昆布巻き、それに大晦日に付け焼きをしておいた、ぶりカマくらい。
雑煮のために鶏肉だけは多めに買っておき、青野菜も用意したので、これは顔を見てから作るように、だし汁を作っておく。
一昨年亡くなった嫁の母親は、調理師だったので、嫁は子どもの頃からしっかり仕込まれていて、料理上手。
毎年、どっさり手作りのおせち料理を作り、車に積み込んで、大晦日から泊まりに来ていた。
ありがたいが、迎える方も、普段と違った掃除や、寝具を日に当てたりで、年末は正直大変である。

この5年ばかりは、義弟一家に家族が増え、それまでわが家で集まっていた正月行事を、湘南の義弟の家でやることになった。
向こうは、大人6人、子ども二人、此方は大人4人である。
「小さいのが居て、移動が大変だから、こっちでやります」と義弟が提案、今年も7日に、集まることになっている。
そんなこともあり、ここ2,3年、わが家での集まりは簡素化した。
今回、息子夫婦は、病気がちの嫁の父親を見舞いがてら、1日は嫁の実家へ、2日にわが家でとなったらしい。

息子夫婦は、会社は違うが、外資系で働いていて、家に来ると、仕事や職場の人間関係の話がたくさんある。
とっくにリタイアした夫でも、そう言う話になると、ふたりにとっては参考になることがまだあるらしく、話は尽きない。
ハッピーなことばかりではないだろうが、経済状況が良くない今の日本で、働く場があると言うことを、良しとしなければならないだろう。
二人とも、スマートフォンを持っていて、嫁は自分の作った料理の写真をストックしている。
現役で、毎日忙しい二人には、ケータイとスマートフォンは、今や必需品であるらしい。
見ていると、家でしかパソコンを使えない私も、スマートフォンが欲しいなと思ったりした。

夜8時過ぎ、明日は仙台に出張という嫁の言葉で、二人は帰っていった。
車が出るのを見送るために外に出ると、凍るような寒さだった。

年末から「ララテレビ」で放映している韓国ドラマ「冬のソナタ」を、また見ている。
10年前に初めて日本で放映された韓国ドラマのはしり。
最初は日本語吹き替えだったが、再放送から原語、日本語字幕付きになった。
ストーリーもすっかりわかっているのに、何となく見てしまう。
「君の名は」「心の旅路」「めぐりあい」、この3つの映画をひとつにしたら、「冬のソナタ」になるだろう。
メロドラマの王道を行く作りになっている。
私はメロドラマが好きである。

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2011-12-31

師走末日

大震災に見舞われた2011年。
自然災害には慣れている筈の日本人も、「放射能」には、対応できなかった。
でも、季節は移り、時は過ぎる。
子どもは育ち、素朴な人の知恵が、日々の暮らしに生かされていくすべを、先人達が残してくれている。
来たる2012年が、いい年であるように祈りながら、年越しをしよう。
一番身近にいる人の心遣いと愛が、どんなに大事かと言うことをかみしめながら・・・。

今日は大晦日。
私は、午前中に、らじるNHKFMで、ルネッサンスの音楽を聴いたあと、玄関の花瓶に正月らしい花を生け、二つの仏壇の小さな花瓶にも、庭の南天など活けた。

日のあるうちに、片付け物や掃除などしておかねばならない。
ぶりカマ二つ、漬け汁につけた。
夫は車のガソリンを入れに行った。
私は家事をやりながら、パソコンは開けておき、思いついたことを時々呟いたりした。
二人だけの大晦日の夕餉は、通常と変わらない。
テレビでトーク番組、紅白の出だし、第九を見て、夫は書斎へ。
私はまだ台所仕事が残っているのだが、明日来るであろう息子夫婦のために、何かしら正月らしい料理の一品でも作っておこうかと思っている。

2012年は、森鴎外の記念すべき年とか。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/donna12/index4.html

作品は沢山あるが、私は翁の短編「じいさんばあさん」がいちばん好き。

例によって、2006年からの、12月末日(あるいは近い日付)の日記を載せておくことにする。
ここをご訪問下さった皆様、どうか健やかに、よい年をお迎え下さい。
明日はもう2012年です!

2010年12月29日(水):「希望」
http://juillet.cocolog-nifty.com/lyric/2010/12/post-f16f.html

2009年12月24日(土):「忙中閑あり、歌舞伎鑑賞」
http://juillet.cocolog-nifty.com/lyric/2009/12/post-8c70.html

2008年12月30日(火):「2008年を送る」
http://juillet.cocolog-nifty.com/lyric/2008/12/post-9e21.html

2007年12月31日(月):「年用意」
http://juillet.cocolog-nifty.com/lyric/2007/12/post-9466.html

2006年12月28日(木):「御用納め」
http://juillet.cocolog-nifty.com/lyric/2006/12/post-9a5e.html

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2011-12-17

塩野七生と連句

NHKBSで「カーネーション」の今週まとめ分を見て、連句会に出掛けようとしたら、続いて始まった「100年インタビュー」のゲスト、塩野七生の話が面白く、ついつい、途中まで見てしまい、連句会に五分遅刻。

インタビュアーは、渡邊あゆみ。
女性アナの中では、才色兼備、バランスの取れたインタビューが巧く、相手をよく見て、そつなくこなす。
塩野女史は、若いときからイタリアに住み、地中海の周りのローマその他の、国や都市の歴史と人物を取り上げて、書いている。
黒い、かちっとしたパンツスーツを着て現れた彼女は、「イタリア製ですよね」と、やや賞賛を込めた渡邊の言葉に「私はイタリアに住んでるので、服はイタリアの物なのは当たり前なんですが、ジャケットというのは、元々男の着るもんなんです」と返事。
プロポーションが良く、確か私より少し年長の筈だが、ハイヒールを履いて、キメている。

「ローマ人の物語」は、かなりの冊数になり、よく売れているらしい。
小説とも、歴史書とも付かぬ独自の手法で、古代の英雄達を書いているが、私がきちんと通して読んだのは、「メディチ家殺人事件」だけのような気がする。
 
塩野が一番惹かれるのが、カエサルと言うことで、クレオパトラとの関係では、アントニオよりも、カエサルの方が上だという。
「なぜなら、彼は、殺し文句を心得ていたから」という。
ウソでもホントでも、女に殺し文句を言えない男はダメで、アントニオはそれが出来なかったという。
「古代史上の人物と付き合うには、現実に周りにいる男性達との交流を断ち切って、牢獄にいるような状態に自分を置かないと、古代の英雄が生き生きと立ち上ってこない」とうようなことを言っていて、やはりイタリアの文化を受けた女性なんだなと面白かった。

彼女の書きかたは、最後まで綿密に構成を組み立てるやりかたではなく、途中で人物が勝手に動き出し、それに付き合っていく形なので、最後までどう展開するかわからないのだという。
映画で言えば、きっちりとシナリオを作り、最後のシーンまで、それに忠実に作っていく小津安二郎ではなく、たとえば役者が落馬したから、ここは出番を替えると言ったやり方の、黒沢映画だという。
「つまり、私のやり方は、予定調和ではないんです」と言うことで、この言葉を聞いて、思わずうーんと唸った。
これは連句と通じる。

我田引水的に言うと、連句は、発句だけが決まっていて、あとは捌きと連衆の丁々発止で進む。
予定調和で、ルール通りにやりたい捌きの場合、出来上がった形に非の打ち所が無くても、座の生きた面白さには、欠ける場合がある。
縦思考の人の捌く連句が、余り面白くないのは、そういう点なのだろう。
塩野七生と、両吟を巻いたら、おもしろい一巻が出来るのではないかと思った。
途中だったが、塩野女史が、お色直しで、和服に着替えて現れたところでチャンネルを切り、連句会場に向かった。
車中で、先月亡くなった連句友達の追悼句を一句。
謡曲を習い、尺八の稽古に通っていた人だった。
いずれ、縁ある人達と、彼を偲ぶ一巻をものしたい。

朗唱の耳底に残る年の暮  莉由

今年最後の連句座は、賑やかだった。
まっとうな発句と、予定調和的捌きの座だったが、私は相変わらず、口数多く、座を盛り上げる役割をし、二十韻を愉しんで帰ってきた。

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2011-12-16

やっと美容院へ

気がついたら、この前、髪をカットしてからちょうど2ヶ月経っていた。
11月半ばから、気になっていたのだが、亭主の退院後のリハビリに気を取られて、自分のことが後回しになっていた。

亭主の方は、お風呂に入っても、首から上は、まだ水を被ってはいけないので、週に一度、行きつけの美容院でシャンプーして貰っている。
理髪店は、俯せになるタイプのシャンプーなので、寝たスタイルでやってくれる美容院の方がいいらしい。
寒いときなので、髪が汗で濡れると言うことはないが、やはり清潔は保ちたい。
頭の地肌を良く洗ってもらい、特別仕様のヘアリンスや、マッサージなどをして貰うと、1週間は大丈夫なのだという。

最初に行ったとき、カット無しで3500円したという。
「いつもシャンプー、カット、ブローで4500円だというのに、ちょっと高すぎない?」と言ったが、あれこれ注文付けたので、手が掛かったんだろうと思い、言われるまま、払ったらしい。
ところが、2回目以降は、2000円になったというので、どういう訳か、不思議に思っている。
シャンプーの手順は変わりないらしいので、きっと、最初の料金を、間違って多く取ってしまい、2度目から修正したのだろうが、それをお客に言わずにいるところが、私にすれば、おかしい。
でも亭主は、シャンプーと手入れだけで、カットが入らないから、いつもの担当者でなく、弟子みたいな女性がやってくれるので、その分安いのだろうと、向こうの立場でものを考えていて、相変わらず性善説である。
私なら、「この前ずいぶん高い料金を取られたけど、あれは計算違いだったの」と訊き、その分、次回に取り返すくらいはするだろうと思う。
男というのは、こういう事に関しては、自分がわからない分野だから、理屈に合わない料金を請求されても、黙って払うのかも知れない。
「2度目からずっと2000円だから、向こうも悪かったと思ってるんだろう」と夫は、気にしない。
そんな経緯につきあっているうちに、私は自分のおしゃれを忘れてしまい、いつの間にか日が経っていたのだった。
「オレのせいじゃなく、自分が無精なだけだよ」と亭主は笑っている。

今日はいい天気。
昼前に家事を済ませ、昼食後、亭主に留守を頼んで出掛けた。
目的の美容院は、吉祥寺のデパートの9階にある。
私は、美容院を始終替える。
10月に初めて行ったとき、女性美容師がカットしてくれて、まあまあだったので、今日もそこへ行った。
私は、予約というのが、大嫌いなので、行って、満員だったら帰ってくるし、前回と同じ美容師が空いていなくても、「カットの上手な人」と注文して、ほかのスタッフにやって貰う。
日時に縛られたり、前もって決めるのが、イヤなのである。
どこの店でも、最初にそれを伝えておき、気の向いたときに行くことにしている。
今日は、幸い、前回の人がいて、待たなくてもやってくれるというので、入った。

シャンプー、カット、ブローで、1時間足らず。
5時になっていたが、せっかくなので、店を出てから、デパートの中を少し探索。
亭主には「遅くなったら、冷蔵庫に牛のフィレ肉があるから、焼いて食べて」と言ってある。
ステーキを焼くくらいのことは、亭主も出来る。

まず、書籍売り場。
買いたい本があったわけではないが、本屋は、私の大事な情報源である。
しばらく覗いていなかったので、結構時間を使った。
次ぎに寝具売り場。
ベッド用のシーツを、探しているのだが、ボックスシーツしかない。
私は、自分で正しくベッドメイキングをするので、ボックスでない、フラットなシーツが欲しいのだが、それ用のサイズにあった物は、もう、ホテル用しかないらしく、通常の売り場には置いていないようだ。
あきらめて、家庭用品売り場に移動。
冬用の室内履きが欲しかったので、夫と私の分、ちょうど頃合いの物があったので、それを買い、地下に行く。
近所のスーパーにない種類の食料品を少し買って帰宅。

亭主は、もう夕食を済ませた後だった。
いつもは、女房が美容院から帰ってきても、何も言わないのに、今日は珍しく「さっぱりしたね」と言った。
内心、早く行けばいいのにと思っていたからだろう。

私の買ってきた室内履きは、気に入ったらしく早速履き替えていた。
美容院は、2月5日の演奏会前に、もう一度行かねば。

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2011-12-01

先生走る時期となり・・・

今日は朝から雨だが、寒さはさほどではないようだ。

眼のほうが恢復に向かってきたら、今度は、前からある肩の痛みが気になってきたらしく、夫は、友人から、「日本で10本の指に入る人」だと教えて貰った、鍼の先生の処に、予約を取って出かけた。
身内に東洋医学関係者がいるせいか、夫は、漢方の治療を評価している。
昔は、目の不自由な人たちの職業だと言われていたが、最近、東洋医学には、晴眼者でも、若い優秀な人たちが、技術を習得して、育っているようである。
「整形外科なんて、レントゲン撮って、痛み止めをくれて、ひどくなれば手術しかないんだから、体にいいという話じゃないんです」と断言した先輩女性は、私が足腰の痛みを言うと、「お灸がいい」と、自分の通っているところを教えてくれたが、まだ行かないでいる。

東洋医学は、悪いところを切ってしまうと言うのではなく、人間の体全体を見て、本来持っている自分の体の力で、いい方に導くやり方だから、即効性はない代わり、いい先生に巡り会って、気長に治していけば、人間の体を切り刻んで、メスで取り除くよりも、健康的で、いいだろうと言うことは、何となく理解できる。

問題は、「いい先生」の見つけ方で、これも、人によって大分技量の差があるらしく、専ら口コミの世界らしい。
夫の人脈には、学校時代の友人とか、社会に出て現役時代に培った各分野の専門家が揃っているらしく、日頃は世話になることはないが、いざというときには、力になってくれる。
問題は、東洋医学には、保険が利かないことで、1回の治療に、5000円、6000円と掛かるので、それがネックだが、医療費控除の対象にはなるらしい。 
眼の手術前、やはり、優秀な整骨医がいるからと言われ、都心にある診療所に行った。
三回ほどマッサージをして貰って、大分良くなり、あと1,2回行けばそれで治りますと言われたのに、入院中に、また元に戻ってしまった。
そこで今度は鍼というわけである。

今日行った先は、新宿の高層ビルの中にある。
4時の予約だというのに、家を出たのがギリギリ。
雨の中、無事に着いただろうかと気になっている。

寝間着に着替えるので、自分のを持ってきてください、こちらでもお貸しできますが500円ですと、案内に書いてあったらしく、自分の寝間着の方がいいからと、着慣れたパジャマにアイロンを掛けて、持っていった。

そんなことで、私は、本来の自分の用事を忘れてしまった。
美容院と母の処。
そのために、遅くなっても、夫が困らないよう、夕飯用のカレーを、午前中に作って置いたのに。
人に言うと、「あなたは、自分のぐうたらを、ご主人のせいにしてるだけよ」と言われるだろう。
規則正しい生活と、充分な睡眠は、私にとっても、健康には不可欠なのだが、なかなか難しい。
パソコンを捨てて、10年前の生活に戻ったら、一番いいのだろうが、今更そんなわけにも行かない。
夫の治療が一段落したら、私も、東洋医に、足の痛みを診て貰おうかと考えている。

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