2017-05-26

アナログ人間のデジタル機器との闘い

キッチンに最新式のガスコンロを設置したものの、取扱い説明書との闘いである。
安全第一、至れり尽くせりのガイドのつもりなのだろうが、いざ操作をしようとすると、音声ガイドが流れ、余計な操作が増えたりで、手間と時間の掛かること。

たとえば、炒め物をするには、ガスコンロを点火し、空のフライパンを火にかざし、鍋の底を少し熱くしてから油を入れた方がいいのだが、今度のガスバーナーは、鍋が載っていない状態では、点火しない。
また、お湯を張った鍋が沸騰して、ちょっと水を足したいとき、片手で持てる程度の鍋なら、バーナーの火を弱めて、そのまま火から下ろし、流し場の蛇口の下に持っていき、直接水を足せばいいのだが、新しいガスバーナーは、上に何も載っていない状態では、自然に火が消えてしまう。
そこで、あらかじめ、足し水をガス台の横に置いておくか、鍋は掛けたまま、少し火を弱め、後ろにある水道の蛇口から、コップやボールに水を入れて、ガス台に移さねばならない。
慣れれば、余計な手間とは感じなくなるだろうし、安全性のためには、この方がいいのだろうが、何か、キカイに使われているようで、面白くない。

わが家の台所は、モデルルームに多い、ガス台、調理台、流し台が、横一列に並んだタイプではなく、南の庭に面したダイニングに向かって、流し台と調理台、食器乾燥機などが並び、食卓に座った家族の顔を見たり、テレビ画面を見たりしながら作業が出来る。
後ろを向くと、北側の窓に面したガス台や電子レンジ、冷蔵庫などが並び、いざガス台に向かって調理する際は、孤独な作業となるが、冷蔵庫を開けたり、火を使ったりは、集中力を要する作業になるので、この方がいい。
二つの作業場の中央に立つ主婦は、常に前後に姿勢を変えながら仕事をするようになっている。
鍋の水足しはじめ、長年慣れてきた動作、もう体に染みついている。
だから、当初、業者の勧める「一列レイアウト」案に乗らず、元の位置のままで、ガスコンロその他を、器具だけの交換と言うことで、依頼した。

本当は、2年前に、塗装や屋根の修理と共に、台所や水回りの工事も予定していたのに、請負業者の管理の悪さも有り、見積もりとは大幅に支払いが超過し、肝心のキッチンその他、水回りの分の予算が消えてしまった。
そこで、今回は、私の【ケチ】に徹したやり方で行きますからと、事前に言ってある。
「奥さんがかなり怒っている」という話は、充分伝わっていたらしく、今回は、キッチンと水回りの工事に掛けては、その業者の中でも超ベテランという人が来て、二人の部下を使い、朝10時から夕方に掛けて、素人目にも、これ以上はないと思えるような、丁寧な仕事をしてくれた。
また、前回、余分に費用がかさんだことの埋め合わせもあったのだろうか、今回は、工事費以外はかなり値引きもしてくれた。
業者を紹介してくれた人には、夫から「女房が喜んでいる」旨の電話をし、工事業者の担当者にも、伝えた。
支払いも、翌朝、銀行から振り込んだ。

ただ、そのことと、実際に、新しくなったガスコンロなどを、使いこなすこととは別である。
まず、取説や、調理の進め方などの冊子を見ながら、易しいところから使いこなしていくことにしたが、今日も、パンを焼こうとして【トースト】と書いてあるマークを探したが、出てこない。
全部オート機能になっていて、【オート】ボタンを押し、トースト用の器具をセットし、食パンを載せ、メニューを選び、「トースト」とあるボタンを押せば、5,6分後には焼き上がるはずだが、【トースト】という項目が出てこない。
誤作動も心配になり、諦めて、捨てるつもりで土間に置いてあった、古いオーブントースターを拾い上げ、其れで、トーストを焼く羽目になった。
後から、説明書と調理の冊子をひっくり返し、【オート】ボタンを、2回、3回と重ねて押していくと、1回目には出てこなかった、隠れていたメニューが出てくることがわかったが、何で、最初から、調理の本に、其れを書いておかないのかと思う。
【最初に一度オートを押してから始めてください】とだけで、レシピの本にも、【トーストの場合は、2回押すこと】などとは書いてない。
本一冊をはじめから全部読めば、どこかに書いてあると言うことなのだろうが、こんなのは、使う人の身になって作っていない証拠である。

【トースト】を焼くのに、夫婦二人がかりで、格闘することになったが、説明書と業者の言った【殆どの料理は、手間を掛けないで、出来ます」という状態になるには、かなりハードルが高そうである。
どちらが先に逝くかわからない歳になっているのだから、危険を伴う家事や、外部との闘いなどは、二人三脚で行くしかない。
こうなったら、日頃は、仲のいいばかりではない我ら夫婦、適材適所で、【ケンカは私がするから、平和的な交渉や、ケンカの後始末はお願い】と言う具合に、共同で、闘うしかない。
最新式のガスコンロ、便利なようで、使い方を理解するには手間ひまが掛かり、全部の機能を使いこなすまでには、まだ時間が必要なようである。
オーブンは、当面要らないので、後から足せるようにした。
仮に、息子夫婦が同居するようなことになったら、必要に応じて入れればいい。

パソコンを新しくしたときも、イライラしながら、まだ、あるはずの機能を充分使いこなせていないが、それと同じで、単純作業で慣れてきたアナログ人間には、この種の器具を、自分の部下のように、使いこなすには、まだまだ時間が掛かりそうである。

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2017-05-13

鬱病かしらん

このところ、何となく気の晴れない状態が続く。

今日は合唱の練習日で、夫は、いつものように、先に出た。
以前は一緒に出ていたが、女の私の方が、どうしても支度や、家を留守にするための雑用の処理など、細かなことに手間が掛かるので、今は、行くときは別である。
今朝も、そのつもりで、夫が出た後、台所周辺を片付けたり、着替えをしたりしている内に、段々、時間が迫ってきて、おまけに、雨模様。
支度して、玄関先にまでは出たものの、段々気乗りしなくなり、先日、バスで躓いて、まだ少し、打ったところが痛いのを自分への言い訳にして、サボることにした。

夕方から市内の音楽ホール(小ホールは映画や落語向きでもある)で、昔の「原節子」映画を見に行くことになっていて、練習が終わったら、一旦家に帰り、出直すつもりでいたが、その分の行ったり来たりが一つ省けたことになる。
夫には、スマホ宛てにメールを打って置いたので、休憩時間に電話があった。
最近の私の気分が、一定していないことを知っているので、「そうか、雨も強まるらしいから、無理しない方がいいね」と言った。
行く前にも「なんだか気乗りしないわ、サボろうかしら」と言い、「まあ、来れば気分が変わるから、なるべく来なさい」とは言っていたのだが・・・。

息子が肋骨を折り、「安静に」という医師の診断で、勤務先には「在宅勤務」申請して、3週間以上になった。
在宅と言っても、毎日のように宅配便で、処理すべきデータが送られてきて、ゆっくり寝ていられるわけではなく、週に一度は、医者の診察を受け、そのついでに勤務先での会議にも出なければならず、「安静」どころか、こちらの方が、別の苦労があって大変だという。
「ひどい会社ね」と私は怒っているが、通勤時の満員電車に乗らないだけでも、体は楽なので、「皆、忙しいんだから仕方ないよ」といっている。
嫁の方は、週末には、東京での会議も兼ねて帰ってくるので、親の出番はないが、彼女の「完全主義」的な対応には感心しつつも、他人行儀だなと思うところもあり、もう、知らん顔していることにした。

その後、私もバスの上り口で躓いて、脚を痛め、骨にまでは来ていないらしいので、医者には行かず、湿布剤を貼って当座をしのいだ。
二日後には、神奈川県の連句座にも出たし、日常の家事、買い物なども、普通にやっている。
ただ、なんだか気が晴れない。
家の中にいれば、雨はむしろ、落ち着いた静かな気持ちになれるので、好きなのだが・・。

いつも四月終わりから五月半ばに、数日行っていた蓼科。
息子の怪我が心配だったので、高速バスもキャンセルしてしまった。
水芭蕉はまだだと思うが、そろそろ賑わい始める頃である。
本格的な夏になったら、やはり行きたいと思う。

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2017-05-03

階段はコワイ

昨日、眼科に行き、帰りのバスに乗る際、上り口の階段を踏み外し、脚を痛めた。

昔のバスは、道路との段差はないくらいの低い位置に入り口があったが、今のバスは、バス内の床が少し高くなっていて、乗り口は、階段一つくらいの段差のあることが多い。
そこを上ってから、運転席にパスを見せて、座席に行くように出来ている。
つまりバスに乗るには、道路から、バスに足を掛けて、さらに「登る」という動きが必要になる。
降りるときは、道路に平行に出口がある場合と、やはり、1段くらい下に道路が来る場合があり、「階段を降りる」という動作が必要になる。
これが、足の弱い人や、高齢者、杖を使う人、ベビーカーや、カートを伴った人には、ちょっとシンドイことになる。

公共機関としてのバスは、会社に依っても、作りが違うが、私が主に乗るのは、中央線、井の頭線、京王線などの駅に直結するバス。
特に、わが家にとって利用度の高い小田急バスは、乗るときに一つ余計なハードルを越える作りになっている。
駅に行くときだけでなく、時間が合えば、コミセンや、医療機関に行き来する際にも利用する。
以前は自転車を活用したが、今は、自転車にも乗らなくなったので、徒歩以外はバスである。
バスの仕様も、段々変わり、昔は乗り口も降り口も、まちまちだったが、今は、だいたい統一されてきて、前方の運転席に近い方が乗り口、座席の後方、或いは中程が、降り口という風になっている。
東京オリンピックに備える意味もあるのだろうが、新しい車両から徐々に切り替えているらしい。
わが家の近くを通るバス停は、小田急バスが殆どで、昨日は、眼科に行くために乗った。

いつも劇的に混んでいる眼科。
待ち時間が最高5時間と言うときもあり、途中で別の眼科に変えようと思ったりしたが、最近、なぜか、外来受診者がぐんと少なくなり、受付から投薬まで、大体2時間程度で済むようになった。
今回、連休中の休診などについて、把握していなかったが、電話したら、5月1,2日はいつも通りというので、昨日、出かけた。
待合室は、すいていて、着くと間もなく呼ばれ、まず視力の検査。
めがねを掛けた状態で、右左。
1月終わりに、眼鏡用の処方箋を貰い、2月に其れで作ったメガネであることを伝えた。
視野の検査は、今回は左の眼。
終わって、しばらくして診察室に呼ばれた。

ココで初めて、担当の医者が出る。
視野の検査結果は、「同じ状態を保っているので、このまま、定期的な検査と投薬を続けていれば大丈夫です」とのこと。
ただ、新しく作ったメガネについては、「乱視の部分が、あまりカバーされてませんね」との言があり、その医者の推薦する眼鏡屋は高いので、今回ケチって、「今後、メガネを変えることも多くなると思い、大衆的な店に行きました」というと、「レンズが合わなければ、何度でも変えられますが、このままでも、ダメと言うことはないでしょう。他に、読書用、パソコン用もお持ちだし、今のメガネは、フレームが、大きなレンズに合うものが少ないので、遠近両用一つで済ませるには無理があります。用途によって、メガネを掛け替えれば、其れでいいでしょう」ということで、隣の薬局で薬を貰って帰途についた。
近くに和菓子屋があり、亭主のためにどら焼きなど買い、バス停まで歩くと、程なくバスが来た。
そこで乗る際に、足が乗り切らず、「階段」に引っかけたという次第である。

後ろにいた人が、「大丈夫ですか」と言い、運転手も声を掛けてくれたが、両手を床に付けて、前に転んだ状態だったので、痛くはあったが、「大丈夫です」と言い、直ぐに起き上がって、運転席にパスを見せ、そのまま、奥には行かず、運転席近くのバーに掴まって立っていた。
ほんの三停留所くらいの距離、優先席などに腰を下ろすよりも、その方が楽だったからである。

降りるときに、やや足を引きずることになり、歩道に降りたときも、打った足をかばいながらではあったが・・。
いつもなら、そのまま、ちょっと先まで行き、スーパーに寄るのだが、歩き始めると、意外に痛みが強い。
このままでは買い物どころではないなと判断、亭主に電話し、事情を話して、玄関のドアを開けて待つように伝えた。
バス停からわが家まで、五分くらいであるが、まだ着かないうちに、亭主が、途中まで迎えに来てくれた。
家に入ると、とたんに痛みが強くなった。
とりあえず、打ったところを冷やす必要があるので、亭主に湿布材を貼って貰い、買い物その他は、やって貰うことにして、怠けている。

七〇代に入った頃、道や階段でよく転んだが、最近は、気をつけているためか、外での転倒などは、ほとんど無くなった。
今回は、ちょっと油断があったのかも知れない。
バス停に、私より先に待っていた人がいたが、スマホに夢中になっていて、狭い歩道の真ん中に立っている。
反対方向から来た私が、その人の後ろに立つには、その人の脇をすり抜けることになるが、其れも面倒なので、そのまま、バス停の先の方に立ち、バスが来たら、その人が乗った後に移動すればいいと思っていた。
しかし、バスが来たら、その人が私に「どうぞお先に」というので、先に乗ることになったのだが、逆方向から乗ることになったため、姿勢に無理があったのかも知れない。
それだけ、柔軟性が衰えたと言うことだろう。

転ぶことは、高齢者にとって、危険信号。
自覚しなければ・・。

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